로그인第40話 十二年前の貸金庫を開けたら、父の署名がない承認書が出てきました
貸金庫を開ける日の朝、私はいつもより早く目を覚ました。
眠れなかったわけではない。
むしろ妙に深く眠った気がする。
ただ、目を開けた瞬間に思い出した。
今日、父と母が十二年前に守った箱を開ける。
それだけで、もう二度寝は無理だった。
ダイニングへ下りると、エイドリアンはすでにいた。
「早いな」
「あなたも」
「私はいつもだ」
「今日は何時から起きてたんです?」
「五時半」
「十分早いでしょう」
彼は否定しなかった。
たぶん、私と同じなのだ。
「銀行は十一時?」
「はい。銀行法務、マーガレット、ローラ、外部の文書鑑定担当、ソフィアと私」
「私は行かない」
自分から言った。
「ええ」
「それでいい」
第40話 十二年前の貸金庫を開けたら、父の署名がない承認書が出てきました 貸金庫を開ける日の朝、私はいつもより早く目を覚ました。 眠れなかったわけではない。 むしろ妙に深く眠った気がする。 ただ、目を開けた瞬間に思い出した。 今日、父と母が十二年前に守った箱を開ける。 それだけで、もう二度寝は無理だった。 ダイニングへ下りると、エイドリアンはすでにいた。「早いな」「あなたも」「私はいつもだ」「今日は何時から起きてたんです?」「五時半」「十分早いでしょう」 彼は否定しなかった。 たぶん、私と同じなのだ。「銀行は十一時?」「はい。銀行法務、マーガレット、ローラ、外部の文書鑑定担当、ソフィアと私」「私は行かない」 自分から言った。「ええ」「それでいい」「本当に?」「ああ」 私は少しだけ笑った。「前なら、絶対来るって言いましたよね」「言うだけなら今も言いたい」「来たい?」「かなり」「でも来ない」「私がいれば、銀行側にも調査側にも余計な意味が生まれる」「現CEOが、十二年前の会社不正疑惑の原資料が出るかもしれない貸金庫開封に立ち会う」「最悪だな」「ええ」 エイドリアンがコーヒーを置いた。「だから待つ」 その一言が、少し嬉しい。「終わったら連絡します」「急がなくていい」「でも話したいです」 彼が一瞬だけ黙る。「そうか」「何です、その顔」「何でもない」「あなたもそれ言うんですね」「今くらいいいだろう」 私は笑った。 ◇
第39話 父が最後に隠した原本は、私たちの家族の荷物の中にありました ソフィアの家へ向かう朝、エイドリアンは珍しく「私も行く」と一度しか言わなかった。 一度は言った。 そこは言った。「本当に来なくていいのか」 玄関でコートを羽織っている私へ、念を押す。「大丈夫です。今日は調査より、まず家族の荷物を整理する日なので」「警備だけはつける」「外で待機なら」「ああ」「箱を開けるところまで入ってきたら怒りますよ」「そこまではしない」「前のあなたなら?」「いつの私だ」「結婚初日の」「お前の部屋へすら勝手に入っていない」「そうでした」「訂正しろ」「思ったより常識的でした」「褒めていないな」 私は少し笑った。 今日確認するのは、母が亡くなったあとソフィアが預かっていた家族の荷物だった。 前に住宅保険と修繕関係の封筒が見つかった箱だけではない。 写真。 年賀状。 古い領収書。 子どもの頃の学校関係。 父の文房具。 母が捨てられなかった細々したもの。 父がスティーヴン・サンダースへ話したという、「家族がいつか整理するもの」。 そこに何かあるのかもしれない。 何もないかもしれない。 後者のほうが可能性としては普通だ。 十二年も前なのだから。「見つからなくても」 エイドリアンが言った。「何です」「自分を責めるな」 言われた瞬間、少しだけ腹が立った。「まだ探してもいないのに?」「先に言っておく」「そういう先回り、アレクサンダーさんっぽいですよ」 エイドリアンが露骨に嫌な顔をした。「それはやめろ」
第38話 父と会う予定だった法務担当者は「原本を受け取れなかった」と証言しました 父が事故に遭った夜、午後七時四十五分。 スティーヴン・サンダースは父と会う予定だった。 昨夜、その事実を本人が認めた。 さらに、こう予告したという。『リチャード・ハート氏から原本を受け取る予定だった』 父の紙片には、正反対のことが書かれていた。『原本は渡さない』 どちらが本当なのか。 あるいは、どちらも本当なのか。 父が途中で考えを変えたのなら、その理由は何だったのか。 朝食の皿に乗った果物を眺めながら考えていると、エイドリアンが新聞から顔を上げた。「今日は何も言わないのか」「何をです?」「食べろと言う前に食べている」「学習しました」「自分で言うのか」「あなたに言われる前に」 私はフォークで果物を一つ取った。 食欲があるわけではない。 それでも昨日、ノアにもエイドリアンにも食べろと言われた。父の事故を調べるたびに生活まで止めるのは、もうやめようと思っている。「十時から?」 エイドリアンが聞く。「はい。最初の聴取から私は参加を認められました」「珍しいな」「父の遺族として確認すべき事項があるのと、今回はヴァレンタイン側の現経営判断とは少し切り離せるから。もちろんローラとマーガレットが主導します」「私も行く」「駄目です」「即答だな」「スティーヴンさんは、十二年前のヴァレンタイン案件を扱った元外部法務担当です。今のCEOが同席すれば余計な圧力になる」「オンラインでも?」「同じです」 エイドリアンは不満そうだったが、反論しなかった。「分かった」「素直ですね」「昨日の話をしたばかりだろう」「何の」「選ばせる」
第37話 父が最後に会おうとしていたのは、夫の母だけではありませんでした 父の事故について考えるとき、私はいつも同じ場所へ戻る。 雨。 濡れた道路。 ガードレール。 そして、ミランダとの約束。 父はあの夜、彼女に会いに行くはずだった。 少なくとも、私はずっとそう考えていた。 だからこそ、六年前のVeritas Vault完全インデックスに残っていた『ACCIDENT_SUPPORT / RH』という参照名を見つけたとき、最初に思ったのは、事故そのものに関する隠し資料があったのではないかということだった。 ところが翌朝、外部調査チームから届いた最初の連絡は、想像していた方向とは少し違った。『警察旧保管記録に、リチャード・ハート氏の事故車から回収された紙片について記載あり。現物所在を確認中。』 私はダイニングの席でその文面を二度読んだ。「何が出た」 エイドリアンが聞く。「父の事故車から、紙片が回収されてた可能性があります」「初めて聞くな」「私も」「警察記録?」「はい。現物はまだ所在確認中」「何が書いてある」「そこまでは、まだ」 エイドリアンはすぐ何か言おうとして、止めた。 最近、この「止まる」が増えた。「何です?」「今すぐローラに聞けと言いそうになった」「言わなくなりましたね」「学習したと言うな」「まだ言ってません」「顔が言っている」「本当に便利ですね」 私は少しだけ笑った。 でも、胃のあたりは重いままだった。「怖い?」 エイドリアンが聞く。「はい」「昨日より?」「昨日までは、事故に関する資料があったかもしれない、でした。でも今日は、父の車から実際に何か回収されていた可能性がある」「
第36話 六年前に証拠を持ち出したもう一人は、夫の叔父ではありませんでした ナタリー・ケイン。 その名前を聞いた翌朝、私は過去六年分の人間関係図を頭の中で組み直していた。 アーロン・ミルズが作ったVeritas Vaultの完全インデックス。 正式には廃棄されたはずの技術検証用コピー。 実際にはもう一本存在し、それをアーロンは退職後、ナタリーへ渡した。 当時のナタリーは、ヴィヴィアン・ヴェイルの下で情報ガバナンスを担当する補佐役。 現在は、企業内部告発者や公益通報者の支援を行う非営利団体に勤務している。 匿名で私へ情報を送る人物としては、出来すぎている。 出来すぎているからこそ、私は簡単に信じたくなかった。「パンを二回持って置いた」 向かいからエイドリアンに言われた。「何です?」「食べようとして、二回戻した」「数えてたんですか」「見える」「あなた、本当に朝食中に人を観察しすぎです」「お前が事件のことを考えすぎだ」「今日はナタリーさんに正式接触するので」「分かっている」「匿名送信者だったら」「どうする」「証言と匿名情報を全部分けます」「感謝は?」「します」「怒りは?」「それもあるかもしれません」 エイドリアンが少し眉を上げた。「両方?」「正しい情報をくれたことと、こちらを誘導したことは別です」「昨日と同じだな」「大事なので」「ナタリーが匿名者ではない可能性もある」「もちろん」「アーロンが嘘をついている可能性」「あります」「二人が共謀している可能性」「あります」「ヴィヴィアンが後ろにいる可能性」「それも」「全部あるな」「
第35話 匿名の送り主が使ったのは、六年前に死んだはずのアカウントでした 匿名の送り主を追う作業は、父の事件そのものを調べるより厄介だった。 証拠を隠した人間なら、何を消したかを見ることができる。 金を動かした人間なら、口座を追える。 承認を作った人間なら、時刻や権限記録が残る。 けれど匿名の誰かは、こちらに何かを残す側だった。『Veritas Vaultを見ろ』『承認時刻を先に見ろ』『最初の文書には違約金条項がない』 今のところ、どれも完全な嘘ではなかった。 だからこそ怖い。 真実だけを渡せば、人は送り主を信じ始める。 その真実が、全体のどの部分なのかを忘れたまま。「朝から怖い顔してるな」 ダイニングでエイドリアンに言われ、私はスマートフォンから顔を上げた。「昨日の匿名メッセージ解析、今日続きが出るので」「匿名者のことを考えていた?」「はい」「アーロン・ミルズか」「まだ決めてません」「候補としてだ」「候補なら」 私はコーヒーを一口飲んだ。「アーロンさんは六年前、Veritas Vaultへ0417の画像を退避させた可能性が高い。完全インデックスの技術検証用コピーも作っていた。記録上は廃棄済みなのに所在不明」「匿名者が知っていた版管理情報を持っていてもおかしくない」「そうです。でも、それだけならヴィヴィアンさんやヴァレリーさん、サミュエルさんにも可能性はある」「サミュエルは否定した」「否定しただけです」「信用していない?」「信用する、しないの話じゃありません。確認できてない」 エイドリアンが少し笑った。「お前らしい」「褒めてます?」「ああ」「珍しい」「最近は言っている」「意識して?」